東山区の橋のトリビア

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大好チヨ子プロフィール
2022年11月10日 

京都街中散策が好きな大好チヨ子です。
いつも通る道でも、新たな気付きがあることってありますよね。
何気なく駒札を読んで、七条大橋国登録有形文化財であることを知って以来「橋」が気になるようになりました。
京都在住の人ならよく知っている場所でも、流石京都!と思えるトリビアがあり、気に留めないと知らないままなのだなと実感し、最近巡ってみました。

七条大橋 橋の下の遊歩道から撮影

国登録有形文化財の橋…七条大橋

鴨川を渡る七条通の七条大橋、高欄のデザインは御所車かと思いましたが、三十三間堂の通し矢(10本の矢が円の中心に向かっている図)をイメージした矢車模様だと知りました。七条大橋から三十三間堂は近いですものね。
2019年に、国登録有形文化財に指定された、鉄筋コンクリートのアーチ橋。まるでレースのような高欄のデザインが目に留まりました。落とす影も華やか。

七条大橋からは、南にJR線の列車が見える風景も素敵ですし、西には京都タワーが覗き、夕日に染む京都タワーをここから眺めるのも、オツなもの。

京都タワーと七条大橋

橋の南東側に詳細が分かる駒札があり、すぐ脇の階段で橋の下の遊歩道にも下りられました。

新選組の刀傷!…三条大橋

三条大橋は江戸時代の旧街道、東海道五十三次の西の起点となったそうで、橋のたもと南西側にある弥次さん喜多さんの銅像が、それを物語っています。

十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」で東海道を旅した主人公:弥次さん喜多さんの像

木製の欄干なのも驚きますが、橋の安全を祈願するために欄干の柱頭に設けられる玉ねぎ型の擬宝珠(ぎぼし)の大半は、初代の物が使われているとのこと。
そしてつい最近、「新選組が池田屋事件の時付けたと言われる刀傷が、西から2つめの擬宝珠に見られる」と駒札に書かれているのに気付き、確認してみました。

橋の南側の欄干、西から二番目の擬宝珠

見つけました。南側の擬宝珠の傷の方がややくっきりして分かりやすいです。
今となっては、真実なのかは確かめられませんが、それほどの歴史を経てきた橋であることは確か。そのことにロマンを感じますね。

北側の擬宝珠

駅伝発祥の地…三条大橋

三条大橋の北東側には、駅伝発祥の地と書かれた、碑が建てられています。1917年に日本で初めての駅伝が京都三条大橋からスタートし、駅伝発祥100周年記念の年に碑が建てられたようで、数年前に気付きました。
当時の駅伝は三条大橋からなんと上野の不忍駅までの514キロを三日間昼夜を問わず走り続けたとか…かなり過酷。オレンジ色の石には、通過点の地名も書かれていました。

オレンジ色の石部分の点々が各通過点の地名

私の好きな橋…古川町橋

いつも、四条から白川沿いを歩いて岡崎界隈の美術館へ行くのですが、知恩院の門前近くに架かる古川町橋という小さな一本橋が私のお気に入り。
比叡山の千日回峰行の修行後この橋を渡ることから行者橋と呼ばれたり、他にも狸橋白川一本橋など、色々な呼ばれ方をしているようですね。
透明度の高い川のせせらぎと、風に揺れる柳の優雅な眺めが心地よく、一本橋を渡りながら、キラキラと朝の光が揺れる水面や、しなやかに風に揺れる柳の枝の緑を眺めます。

古川町橋

落ちないように少し緊張しながらも、この小さな橋を渡る瞬間は気持ちの良いものです。

五条大橋のそばで見つけた扇形の扇塚

最後は、橋のそばで見つけたトリビア。五条大橋の西側には、五条通の中央分離帯に、弁慶と牛若丸の丸みを帯びた愛らしい像を見ることができます。かなり昔からあるような…。

五条大橋の北西側から見た 弁慶と牛若丸像

でも、最近気づいたのは、橋の北西側の扇塚。なんでも、昔この辺りが扇の産地であったそうで、それにちなんで作られた扇の形の碑を見ることができました。

五条大橋のたもと、北西側

「嵐山の渡月橋」「八幡の流れ橋」「一条戻り橋」など、他にも京都には有名な橋が沢山あり、深堀すれば橋のトリビアが沢山出てきそうです。ほかにも気になる橋があるので、今後も渡るとき気に留めてみようと思います。

プロフィール

大好チヨ子

在住エリア:京都市西京区
メインテーマ:博物館などのアートイベント/パン屋さん
子育てを終えて、ようやく京都歩きを楽しめるようになりました。知識がない私でも「楽しい!美味しい!美しい!面白い!」と感じたり「知っていたらお得」な情報をゆる~く伝えてゆきたいです。趣味はドラム演奏と、博物館ボランティア。