「雨」が印象的な本

2024年6月21日 

リビング編集部

梅雨のシーズン。図書館や書店、ブックカフェのスタッフに、雨が印象的に描かれている本を教えてもらいました。あわせて、読書に欠かせない〝おとも〟も聞きましたよ。

子どもも大人も楽しめる、不思議の世界

「京都市醍醐中央図書館」の松本千穂さんは、子どもの本コンシェルジュとして主に児童書を担当しています。

「司書は本と人をつなぐ仕事です。ティーンズコーナーに10代向けの本を並べたり、週末などに読み聞かせイベントを催したり、本の楽しさを伝えるためさまざまに取り組んでいます」

松本さんは雨をモチーフにした国内外のファンタジーをセレクト。

「大人も心和みますよ」と話します。

※京都市醍醐中央図書館では単行本の貸し出しも可能

『しずくの首飾り』
ジョーン・エイキン/作猪熊葉子/訳
岩波少年文庫(792円)

八つの短編が入った童話集。表題作は、北風に〝しずくの首飾り〟をもらったローラが主人公。どしゃぶりの中でもぬれず、雨を止めることもできます。ある日その首飾りがなくなって…。

「お話の中で雨が宝石のように表現されていて、すてきです。単行本なら、エキゾチックな挿絵をカラーで楽しめます」

『雨ふる本屋』
日向理恵子/作 吉田尚令/絵
童心社(1430円)

人気シリーズの第1作。図書館で雨やどりをしていたルウ子は、カタツムリを追って〝雨ふる本屋〟にたどり着きます。そこで、店主のドードー鳥と助手の妖精使いに頼まれ、冒険に出発します。「クライマックスの場面が感動的。読み終える頃には、優しい気持ちになれると思います」

[ 紹介者 ]

京都市醍醐中央図書館
司書 松本千穂さん

読書のおとも

「本に挟むしおりです。特に大切にしているのは、娘がくれた京都水族館のクラゲのしおり。もったいなくて袋に入れたまま使っています。当図書館で作ったオリジナルのしおりも愛用しています」

作品ごとに違う描き方が魅力

雨の日は手仕事と読書を同時進行するという「京都府立図書館」の司書、佐藤芽生さん。

「たとえばお菓子の生地を寝かせる間にちょっと読み、焼いている間に続きを読む。待ち時間が楽しくなります」とか。そうしたスキマ時間には、「一つ一つの作品が短く読みやすいです」という随筆集を。

また近代の小説家・永井荷風の代表作には、しみじみとした江戸情緒の名残も感じます。

※版元品切れ、京都府立図書館ほか京都市内の図書館で貸し出しあり

『日本の名随筆43 雨』
中村汀女/編
作品社

「雨」がテーマの随筆48編を収録。「夕飯を華やかにする、お気に入りの傘をさして歩くといった雨の日の過ごし方がつづられた作品を読むと、まねしたくなる」と佐藤さん。池田満寿夫の随筆は「人はそれぞれ心のなかに自分の雨を持っている」という題名。「まさにその通りで、作家ごとに違う雨の描き方が魅力的です」

『濹東綺譚(ぼくとうきだん)』
永井荷風/著
岩波文庫(649円)

著者を模したような老小説家と、私娼窟に暮らす女性との短い逢瀬(おうせ)を描いた小説。「要所で雨が効果的に使われています。二人の出会いは梅雨明け近く、夕立に男が傘をさすと女が飛び込んできたというもの。このありふれた出会い方が逆に面白いと、作中で著者が語り始めるのもユニーク」。やがて秋の彼岸、老小説家のもとにまた雨が降ります。

[ 紹介者 ]

京都府立図書館
司書 佐藤芽生さん

読書のおとも

「家ではカフェインレスの紅茶。通勤時のおともはブックカバーです。ユニークなデザインの一点物を買ったり、手ぬぐいや厚めのチラシを使って手づくりしたり。気分で選ぶのも楽しいです」


本紙で連載している「コレ読んで!」の執筆者たちにも、おすすめ本を聞きました。

小さな幸せに気づかせてくれる詩集

『きらきらいし』
古溝真一郎/著
七月堂(1650円)

「開風社 待賢ブックセンター」の鳥居貴彦さんが選んだのは、幼い娘をもつ詩人の詩集。仕事や家族のこと、普段の生活がそのまま詩になっているそう。書名は、ある雨上がりの日を描いた詩「いきてはたらく」の一節から。

「詩には、庭や団地、植木鉢といった身近な景色の中で『砕かれたプラスチックか何かを/きらきらいしと呼んで子が集めている』とあります。雨が降ったからこそ、輝いて見えたんでしょうね。雨って嫌だなと思いがちですが、いずれは上がるし、良い面もある」と鳥居さん。雨粒のように知らぬ間に消えてゆく言葉や感情、日々のささやかな幸せに改めて気づく1冊です。

[ 紹介者 ]

開風社 待賢ブックセンター
鳥居貴彦さん

読書のおとも

「電車の走行音と振動かな。出先で買った本を、車内で読むことが多いんです。リズムが気持ちいいからか没頭できますね。家でのおともは布団。就寝前、あったかい布団にくるまって読むのが好きです」

もやもやがほどけるような連作短編集

『雨の降る日は学校に行かない』
相沢沙呼/著
集英社文庫(704円)

梅雨空めいた憂いを抱える女子中学生たちが主人公の、六つの物語を収めた短編集。「学校に居場所がない、周囲とのコミュニケーションが難しい、何か生きづらいと感じている彼女らが、アイデンティティーを模索していく。内容は重めですが文章はさらりと軽く、明るい兆しが見えるお話も」と「大垣書店Kotochika御池店」の今仁真智子さん。

表題作では雨の描写が主人公の沈む心を映していて、胸に響くそう。「この小説は感情のもやもやを言語化していて『ああ分かる、私一人じゃないんだ』と気持ちが楽になる。読んで少しでも心が晴れたらいいなと思います」

[ 紹介者 ]

大垣書店Kotochika御池店
今仁真智子さん

読書のおとも

「誕生日にもらった、革製のブックカバーです。数年持ち歩くうちに手なじみが良くなり、ますます愛着が。赤色で目立つので、通勤電車で開くと『私、本を読んでいます。読書っていいよ』というアピールになっているかも」

めくるめく幻想に酔う、壮大な年代記

『百年の孤独』
ガブリエル・ガルシア=マルケス/著 鼓直/訳
新潮社(3520円)
※文庫本(1375円)が2024年6月26日(水)発売予定

コロンビア生まれ、ノーベル文学賞を受賞した小説家の代表作。「南米のある一族と彼らが暮らす町の100年間の物語で、数多くの幻想的なエピソードが日常の出来事のように淡々と語られます。ある時点から4年11カ月と2日、雨が降り続き、屋根や壁が落ち、魚が部屋を泳ぎ、ぬれた服にコケが生えるといった場面が印象鮮やか」。そう話すのは、「マヤルカ古書店」のなかむらあきこさんです。

頭と心を揺さぶる大作で「章を一つ読み終えるたび、幾日か余韻に浸りました。中毒性があって読書に没入する体験ができますよ」。この時季にじっくり向き合っても。

[ 紹介者 ]

マヤルカ古書店
なかむらあきこさん

読書のおとも

「開けた空間と外の音でしょうか。家ならベランダにいすを出して、カフェならテラス席で読むのが好き。適度にざわめきがあるほうが本に集中できるんです。少々の雨なら窓を開け、雨音を聞きながらの読書も良いですね」

極限状態の人間の底力を描く長編小説

『漂流』
吉村昭/著
新潮文庫(990円)

「雨といえばこの本」と、「エレファントファクトリーコーヒー」の畑啓人さん。史実に基づく小説で「江戸時代、土佐の船乗り・長平らがしけで漂流する。飲み水はなく、晴天続きで海水を飲むしかない。激しい喉の渇きに死を覚悟したとき、やっと雨が降るんです。天を見上げ、口を大きく開ける──その場面が印象深いです」

後に彼らは水さえない無人島に漂着。「過酷なサバイバル生活が続き、孤独感にさいなまれて苦しむことも。そんな絶望的な状況でも人は前を向いて生きていけるんだと感じた本です」。情景も心情もありありと伝わり、その臨場感に引き込まれます。

[ 紹介者 ]

エレファントファクトリーコーヒー
畑啓人さん

読書のおとも

「覚醒するような濃いコーヒーですね。頭をクリアにして読みたいんです。雨の日は、出かけてあれこれしないと…といった雑念が消え、何の気兼ねもなくじっくりと本を読めるのがいい。雨も読書のおともです」

(2024年6月22日号より)