京都で受け継がれる思いと技

2024年2月22日 

リビング編集部

京都で受け継がれる思いと技

老舗企業や長年地元で愛される店が多い京都。後継者不足が問題となっているいま、さまざまな形で継承が行われたお店を取材。後継者にその思いを聞きました。

写真/鈴木誠一

老舗和菓子店が守る銘菓の〝物語〟

鍵善良房(東山区)

「長く続いているものも、実は時代に合わせて少しずつ変化しています。『濤々』もまた、受け継いだことで生まれ変わったと言えるのかも。これからも大切に残していきたいですね」と今西さん

こしあんに練り込まれた大徳寺納豆のしょっぱさがくせになる和菓子「濤々(とうとう)」。武者小路千家御用達のお茶菓子として生まれた、老舗和菓子店「京華堂利保」の銘菓です。2022年、同店の閉業を受け、同じく老舗の和菓子店がその味を受け継ぎました。

「京華堂のご主人とは親世代からの付き合い。私どもにも、(別流派の)お茶席用のお菓子を
作った経験があったので『濤々を受け継いでほしい』と声をかけていただきまして」と話すのは、「鍵善良房」15代目当主・今西善也さんです。

「なんとか手伝いたい」とレシピを受け継ぎ、お店の和菓子職人も正社員として迎え入れることに。作り方は同じですが、店で使っている小豆などが違うため、味の再現に苦労したそう。「京華堂利保」店主の助言もあり、最終的に「自分たちがおいしいと思うものを」と味を決めていきました。

「長年多くの人に親しまれてきたものだから、その分、一人一人にお菓子に対する思い出もあるでしょう。そんな、お菓子の歴史や〝物語〟を残していけたら」と今西さん。

「『京華堂利保』のもともとのお客さんにも、『鍵善良房』のお客さんにも、改めて『濤々』を伝えていきたいです」

刻んだ大徳寺納豆を練り込んだこしあんを一口サイズに丸め、麩焼煎餅で手際よく挟んでいきます
武者小路千家の茶室に掛かる額の文字「濤々」が名前の由来。釜の湯が沸く音を波の音にたとえたことから、お菓子にも渦模様が描かれています

若者が入りやすい銭湯として再出発

鴨川湯(左京区)

左から丹羽さん、遠藤さん。「1人で銭湯を立て直すのは大変なこと。会社として受け継ぐことでノウハウを共有し、スタッフも役割を分担しています」(遠藤さん)

京都府立植物園のほど近くにある「鴨川湯」。設備の老朽化などの理由で休業しましたが、昨年7月、再度オープン。新しく手掛けたのは、〝銭湯を日本から消さない〟をモットーに掲げる「ゆとなみ社」。銭湯専門の継業を行う会社です。同社のスタッフである遠藤さくらさん、丹羽悠貴さんが共同店主となって切り盛りしています。

「昔から銭湯が好きで、鴨川湯もお気に入りのひとつ。このエリアは銭湯が少ないこともあり、なんとか残したかったんです」と遠藤さん。

昔ながらの銭湯の趣を残すことにこだわりつつ「若い世代が入りやすいように」と工夫。男湯・女湯で別れていた入り口をひとつにして男女共同の待合室を設けたり、外から雰囲気がわかるよう、窓ガラスを透明に。初めて銭湯に入るという人向けに、入浴時のマナーも掲示しています。そのかいあってか、従来の常連客のほか、新しく家族やカップルで訪れる人も増えたといいます。

「待合室でイベントを行うことも。銭湯はご近所さんが集まって交流できる、距離の近さも魅力。楽しく過ごしたりホッとできる場所となり、地域を盛り上げたいですね」

淡い色合いの細かなタイル柄が特徴の同銭湯。ひび割れの補修など、浴場は最低限の改修にとどめたそう
開放的な待合室には「鴨川湯」オリジナルグッズや懐かしい瓶ジュースなどが並んでいます

この味を残したい!習い事仲間の佃煮店を継承

丹波松茸本舗 あめ久(南区)

左から野川眞さん、妻の英子さん、岸田美幸さん、次女の麻里さん。観光客の多い土地柄もあり、英会話の経験が接客に生きているとか

東寺の近くにある創業90年の佃(つくだ)煮店「丹波松茸本舗 あめ久」。風味豊かな「松茸昆布」や「ちりめん山椒」は、地元だけでなく府外にもファンが多いそう。昨年6月、2代目店主の野川眞さんからバトンを渡されたのは、野川さんの妻の知人・岸田美幸さん。

「同じ英会話教室に通っていて、お店のファンでもあったんです。後継ぎ探しが難航していると知り、この味がなくなるのはもったいないと思って」と、岸田さん。勤めていた会社を辞めて一念発起し、娘と一緒に店を守っていくことに。

野川夫妻は「店の味を変えず、お客さんを大切にしてくれる人を探していました。岸田さんが手を挙げてくれてよかった」とほほ笑みます。製造・販売のノウハウを受け継ぎ、岸田さんは忙しい日々を送っているそう。

「常連さんから『引き継いでくれてありがとう』と感謝されることもあり、あめ久が築いてきたお客さんとの信頼関係を感じています。自分たちもその縁を大切にしたいですね。この場所から、ここにしかないものを届けられたら」(岸田さん)

看板商品の「ちりめん山椒」(左)と「松茸昆布」(右)。創業時から変わらない味わいです
野川さん自身も他業種の会社を定年退職後、同店を継業。野川さんの代で商品を増やし、岸田さんの代ではネット通販も始めました

石材の奥深さを学び未経験者から新社長に

石材 都(北区)

1984年創業の同店。「今も学ぶことは多いですね。でも、新しいことを勉強するのが好きだから、面白いです」と、2代目社長の吉田さん

墓石の建立や寺院の参道工事などを手がける「石材 都(みやこ)」の代表・吉田健次さんは、5年前、経営していた通信関連会社の廃業を機に、興味のあったエンディング産業に飛び込みました。

「京都府の後継者マッチング事業で募集を見つけて先代社長を紹介してもらったのですが、最初はわからないことだらけ。働きながら業界について学ぶうちに、先代の熱意に共感し、受け継ぐ決意が固まっていきました」

同店では、寺院との信頼関係を大切にし、お客さんの思いに寄り添った墓石を建てているそう。

「この仕事をしていると、故人の人柄や遺族の思いなど、さまざまな話を聞く機会があります。そして、たくさん感謝をいただく。こんな経験は前職では経験したことがなく、やりがいを感じます」

かつて営業職だった経験を生かし、「時代に合わせたお墓のニーズにも応えていきたい」と、吉田さん。従業員からも「勉強熱心でアイデアマンですね。頼ってもらえるよう、いっそう仕事を頑張りたいです」と温かく受け入れられています。

新規墓の製作は減っているそうですが、墓石のリフォームなどに工場の機材が活躍。ベテランの番頭が石材をカットし、お墓のデザインやサイズを整えます
「和墓の形にも意味があると、働き始めて知りました」と吉田さん。「家庭円満」「財産維持」など子孫への願いが込められているとか

人気焼き肉店が復活 〝秘伝のタレ〟を常連客が再現

和牛・焼肉・ホルモン 三吉(中京区)

オーナーの木原さん。現在も昼間は塗装業で働き、夜は「三吉」で腕を振るっています。前掛けは大将から譲り受けた年季もの

「またあの味を楽しめる」と喜んだ人も多いかもしれません。惜しまれながら60年の歴史に幕を下ろした焼き肉店「ホルモン三吉」が3年ぶりに復活。昨年10月、以前とは場所を変えて烏丸三条に「和牛・焼肉・ホルモン 三吉」として開店しました。

「『三吉』といえば、たっぷりのネギと、しょうゆベースのとろっとした〝秘伝のタレ〟が特徴。閉店すると聞き、ダメ元で大将に『レシピを教えてほしい』と手紙を書いたんです」とは、同店オーナーの木原良馬さん。『三吉』に20年以上通っていた常連客です。

教えてもらったレシピを個人的に使っていたところ、次第に味の完成度がアップ。大将の「あとは好きにしていい」という言葉が、オープンを考えるきっかけに。本業(塗装業)のかたわら、毎週末には焼き肉店で修行し、焼き肉や肉の部位について学びました。

新しい店は、煙が上がりにくいロースターを導入し、服に匂いが付きにくいよう工夫。かつての常連客も、新しいお客さんも入りやすい雰囲気づくりを心がけているとか。

「大将の味を受け継ぎ、これからも多くの人が『来てよかった』と思える店にしていきたいです」

秘伝のタレや「ホルモン煮込み」が復活したほか、扱う肉の種類を増やしたそう。写真は人気メニューの「ザブトン」と「ホソ」
大正ロマンな趣の店内の一角にも、譲り受けたそろばんと、すすで真っ黒になった招き猫が飾られています

(2024年2月24日号より)