京都で伝えたい「源氏物語」の魅力

2024年1月26日 

リビング編集部

2024年のNHKの〝大河ドラマ〟は、「源氏物語」の作者・紫式部が主人公。作品にも注目が集まっています。「源氏物語」の魅力を広く伝えようと、京都で活動している人たちがいます。

創作の枠を超えて京都の文化に影響を与えた古典文学

「源氏物語絵屏風(びょうぶ)」に描かれた「空蝉(うつせみ)の巻」の一幕/「日本古典籍データセット」(国文学研究資料館等所蔵)

そもそも、「源氏物語」とはどんな作品なのでしょうか。

「平安時代の京都を舞台に主人公・光源氏の一生を描いた、全54帖(じょう)からなる世界最古の長編小説です。光源氏が出会う女性たちも魅力的。一人の人間として悩みながらも強く生きる姿には現実味があります。登場人物に共感する人も多かったからこそ、今日まで愛されてきたのでは」と教えてくれたのは、立命館大学文学部の教授・川崎佐知子さん。

「作中には宇治や葵祭など実在する場所、出来事も多数登場します。季節の行事や宮中の優雅な生活が描かれ、京都の雅びへのあこがれをかき立てられますね。

歴史的な資料としての価値も高く、平安文化や風俗を考証する際にも『源氏物語』は用いられています。また、作中に出てくる椿(つばき)餅という菓子は有職(ゆうそく)菓子の職人に受け継がれ、2月ごろの和菓子として今も親しまれています。創作物でありながら、京都の文化にも影響を与えてきたことがうかがえます」

古典を読むのは難しそそうですが「昔の人も絵巻物や読み聞かせで物語を楽しんでいました。小説、漫画、映像、ゆかりの地巡りなど、きっかけはなんでも大丈夫。気軽に『源氏物語』の世界に触れてみてください」と川崎さん。

作品の魅力をさまざまな形で伝えようとしている人たちを紹介します。

教えてくれたのは

立命館大学文学部
教授
川崎佐知子さん

京ことばによる語りで作品の空気まで表現
紫苑(しおん)語り会 山下智子さん

語り会中の山下智子さん。「物語の世界観にひたってほしい」と、庭園の見える会場や寺院の本堂で開催しているそう

「湿度が高い京都の空気感や、四季の風景が伝わるような声の表現を心がけています」

〝「源氏物語」を百年前の京ことばで語る〟イベント「京ことば源氏物語」が、京都の社寺や町家で行われています。取り組んでいるのは、京都出身の俳優で「紫苑語り会」主宰の山下智子さん。

国文学者の故中井和子さんとの出会いをきっかけに「恩師が残した京ことば訳をすべて語り伝えたい。京都のために何かしたい」と、15年前に東京で連続語り会をスタート。その5年後には拠点を京都に移し、京都でも同会を始めました。隔月で第1帖から順番に語り、3月の第41帖「幻」を経て、今後は「宇治十帖」に突入するそう。

「紫式部も京都の人ですから、原文は物事をはっきりさせない、遠回しな表現が多いんです。京ことばで聞くことで、自由に想像をめぐらせ、京都らしい気配まで体感してもらえたら」と山下さん。参加者は毎回60人ほど。解説付きなのでわかりやすく、「絵巻物のように映像が浮かんでくる」と好評とか。

「何年もかけて読み進めていると、『光源氏や姫君と同じように年を取り、自分の人生と重なるようになった』という人も。そんな生々しさも『源氏物語』の魅力。これからも多くの人と物語を共有していきたいです」

台本には重要なキーワードや語りの際の抑揚、緩急などのメモが書き込まれています

110種ほどが登場! 植物の視点から物語を読み解きます
京都府立植物園 名誉園長 松谷茂さん

園長時代に、スタッフとともに園内で見られる「源氏物語」の植物一覧を作成

「『源氏物語』は細かな描写からその時代、その土地の植物の生態を推測することもできる、興味深い作品です」

「『源氏物語』には110種ほどの植物が登場します。まず、それだけ植物の名前がわかる紫式部の知識量に驚かされました」。そう話すのは、京都府立植物園の名誉園長・松谷茂さん。「源氏物語」に書かれた植物について、講演や講座を行っています。

約16年前、植物園の魅力を伝えようと模索していた園長時代に、作品に登場する86種が園内で見られることに気づいたという松谷さん。

「物語の中の姫君たちはさまざまな花にたとえられています。『紫の上』は桜。当時、桜といえば花弁が白いヤマザクラを指しますが、紫式部はあえて〝樺(かば)桜〟と表現。これは現在のオオヤマザクラという説があり、花弁が赤っぽく、裏側から透かすと薄紫色に見える品種です。植物の特徴に沿った比喩ができる観察眼、感性は並大抵のものではありません」

京都各地で実際に草木を観察しながら、解説を行うことも。

「本物の植物に触れることで、登場人物の人柄や情景をよりリアルに感じられます。せっかく舞台となった京都にいるので、ぜひ外へ出かけてみてほしいですね」

若く愛らしい姫君・玉鬘(たまかずら)は、満開のヤエヤマブキにたとえられています
オオヤマザクラは信州から北海道に分布し、平安時代の京都では珍しい品種なのだとか

宇治市の子どもたち20人が参加
「源氏物語」をモチーフにした朗読劇
宇治市文化センター 宇治っ子朗読劇団☆Genji

2023年12月の公演の様子。衣装や小道具はすべて手作りしたもの

演劇や「源氏物語」が好きな子どもたちが参加。中には小学生から始めて10年目というベテランも!

子どもたちが平安装束に身を包み、「源氏物語」をモチーフにした朗読劇を行う「宇治っ子朗読劇団☆Genji」。宇治市文化センターを拠点に活動しています。

2012年、同センターが「子どもたちが古典に親しみ、宇治十帖の舞台となった地元に誇りを持ってほしい」と始めた朗読劇講座から、劇団が誕生。現在、宇治市内の小学生から高校生20人が参加しています。

取材時は新作の稽古中。今回は「源氏物語」そのものの演目ではなく、「源氏物語」を愛読する宮中の女房たちが、それぞれ「推し」の姫君になりきってお気に入りのシーンを紹介し合うオムニバス形式とか。「六条御息所(ろくじょうみやすどころ)」推しの女房役を務める湯浅六花さんは「六条御息所は嫉妬心から生き霊になりますが、メンタルの強い尊敬できる女性。このような形で演じることができてうれしいです」とにっこり。

脚本・演出を手掛ける中田達幸さんによると「現代の感覚を取り入れつつ、お客さんも、演じる子ども自身も楽しめる作品を目指しています」。活動について「古いものを古いもので終わらせない舞台が、この劇団の魅力だと思います」とは、劇団員の中田隼誠さん。2024年3月10日(日)に同センターで行われる定例公演に向けて、練習にますます熱が入ります。

月3〜4回、半日ほど同センターで稽古が行われています
左から中田隼誠さん、湯浅六花さん。「女房を演じながら、さらに女房たちが想像する姫君を演じる役柄です。難しいけど、おもしろいです」と中田さん

授業で作品を学びながらスタンプラリーやコラボスイーツを企画
京・平安文化論ラボ(京都府立嵯峨野高等学校)

「京・平安文化論」のメンバー

活動を通して「『源氏物語』に対する印象が変わり、光源氏や姫君が好きになった」という生徒も

京都府立嵯峨野高等学校には、2年次に関心のある分野を深く学べる探求活動の授業があります。そのひとつが「京・平安文化論ラボ」。古典離れを課題とし、生徒たちが解決策を考える授業です。活動内容は生徒の自主性に委ねられているため、メンバーが意見を出し合って決まります。

今年度は16人が参加。フィールドワークに出かけたり、生徒それぞれが登場人物ひとりに焦点を当てて「源氏物語」を読み、古典への理解を深めました。さらに、作品の魅力を同年代や地元の人にも伝えようと、昨年10〜11月に、「源氏物語」ゆかりの地を巡るスタンプラリーを開催。こちらは6年前から始まり、恒例のイベントになりつつあるとか。

「今年度は、会場の由緒や作品との関係を紹介した英語のホームページも開設。参加者から『作品を知れてよかった』と感想をいただき、やりがいを感じました」と、メンバーの中西瑞季さん。

また、洋菓子店「京菓子司ジュヴァンセル」とコラボレーションし、登場人物たちをイメージしたお菓子を製作。先輩たちの活動を引き継ぎながら、ラボの取り組みは年々パワーアップしているそう。

「今後は海外にも魅力を発信したい」と、後輩に思いを託します。

2023年秋に実施したスタンプラリーの様子。景品交換所には外国人観光客の姿も
チョコレートやケーキなど、10種の商品を製作。写真はその一部。生徒がデザインや色、味など細かくイメージを伝え、職人が形にしたそう。2月から一般販売も予定されています

(2024年1月27日号より)