さまざまな原因で起こる〝怖い〟という感情。この裏にはどのようなメカニズムが? ホラー映画、虫、高所など人によって恐怖の対象が違うのはなぜ? そんな〝怖い〟のナゾに迫ります!
イラスト/松元まり子
身を守るための大切なシグナル
〝怖い〟と密接に関係しているというのが、脳の中の偏桃体(へんとうたい)という部位。「恐怖や不安、快・不快といった感情をつかさどっています」と教えてくれたのは、同志社大学心理学部教授の余語真夫さん。
「偏桃体は〝危険かも〟という信号を、脳の記憶に関わる部位・海馬(かいば)に伝えます。海馬で情報を〝検索〟し、以前にも経験したことがあるかを確認。未知や恐怖の体験だと、交感神経が刺激され、ドキドキしたり、鳥肌が立ったり、体が固まったり、胃腸の消化活動に支障が出たりと体に変化が。過去に体験して怖くなかったと分かれば落ち着きます」
恐怖の感情は、危険を避けるための大切なシグナルでもあります。
「例えば、逃げられない密室や、病気の心配がある不衛生な場所などを〝怖い〟と思う人もいるのでは。こうした恐怖は、自分の身を守るための防衛本能の表れです」
理解を深める上で役に立つというのが、「ポリヴェーガル理論」。三つの自律神経の働きから、心と体の関係を説明できるといいます。
「自律神経は交感神経と副交感神経に分かれます。ポリヴェーガル理論では、副交感神経の中には〝背側(はいそく)迷走神経〟と〝腹側(ふくそく)迷走神経〟の二つがあるとされています。〝怖い〟ことに直面すると、まずは腹側迷走神経が働いて相手とコミュニケーションを取る・自分を落ち着かせるといった行動に。次に、交感神経によって戦う・逃げることを試みます。最後が背側迷走神経による〝凍り付き〟。恐怖で体が動かなくなる状態です」
怖くて頭が真っ白になるのも背側迷走神経の働き。人が生き残るための〝戦略〟なのだとか。
日々の充実度や経験によって違いが
ホラー映画が苦手な人がいる一方で、好んで見る人も。こうした違いはなぜ起こるのでしょう。
「人には刺激を求める〝刺激希求〟という性質があります。日常が充実していない人は刺激希求が強く、センセーショナルな体験に飢えています。そのため、ホラー映画やお化け屋敷、絶叫系アトラクションなど〝安全な恐怖〟を好む傾向が。交感神経が刺激され、アドレナリンが出て、ゾッとするとともに快感を覚えます」と余語さん。
「誰かと感情を共有したい、共感したいという欲求も関係しています。相手はどんなものを怖がるのかが分かるので、お互いを知るバロメーターにもなっています」
また、恐怖は生まれつきよりも経験に基づいて感じるものだそう。
これから、読者の「これが怖い!」を紹介しています。
あなたの苦手なモノ・コトが出てくるかもしれないので注意してください
恐怖のもとは自分の中にあるかも
何を〝怖い〟と思うかは人それぞれ。読者に聞いたところ、「ヘビ。もしかわいい孫がかまれていても助けられないと思う」(MM、69歳)、「幽霊が怖い。考えただけでも嫌」(NM、55歳)…。さまざまなモノ・コトが寄せられました。
「幽霊は見える人には〝見える〟んですよ。視覚の情報は高速で脳内で分解されます。そうして理解し、脳で合成したものが〝見える〟。つまり、私たちが見ている光景は全て自分の頭の中でつくり出したものなんです」(余語さん)
たたりや呪いについてはこんな話も。
「『タブーを破ると呪われる』という言い伝えがあれば、おきて破りをした人に良くないことが起こると全部呪いのせいだと、本人も周囲も思いこみます。恐怖はこうした自己暗示によって強まります」
なぜそれを〝怖い〟と思うのか、考えてみるのもいいかもしれませんね。
心身の健康が克服の一歩に
余語さんによると、恐怖を無理に克服する必要はないとのこと。でも、「何とかしたい!」と思っている人はどうすればいいのでしょうか。
「よくいわれることですが、何回も経験すると慣れるというのは一理あります。怖いことがあっても日常は戻ってくると分かれば、恐怖が和らぎますよね。子どもに怖い絵本を読み聞かせるのは、その練習になります」
読者からは「人間が怖い」という声も目立ちました。
「自分の目つき・体臭が相手を不安にさせていそうで〝怖い〟という人もいますね。ですが、直前に会った人の服装を覚えていなかったりと、人は意外と他人を見ていないもの。心と体の健康はつながっているので、まずはよく寝て、運動をするといった規則正しい生活を大事にしましょう。マインドフルネスも有効。過去や未来を怖がるより、〝今〟に集中する心の状態をつくることです。呼吸をコントロールする、鉛筆の先やろうそくの火を見続けるといった方法があります」
仕事や生活に支障が出るなら、治療も検討を。
読者の「これが怖い!」
読者に聞いた怖いモノ・コトを紹介します。
医療系
- 「注射の針が刺さっているのを見ると、怖さと緊張で貧血になる」(WA、29歳)
人 間
- 「長年の友人関係をあっさり断ち切れる人」(HY、51歳)
- 「人前。発表や朝礼当番も怖いです」(SK、51歳)
状 況
- 「よく狭い場所に閉じ込められて身動きの取れない悪夢を見ます」(MM、38歳)
- 「高所。子供たちと遊園地で観覧車に乗ったときも怖くて早く降りたかった」(AM、37歳)
自 然
- 「水。顔を洗う時にも怖さを感じる。前世は水の事故にあったのかも。もちろん泳げません(泣)」(NM、61歳)
- 「雷が鳴ると、落ちたら怖いからと小さい頃から母と一緒に押し入れに。その固定観念が今でも消えない」(TM、58歳)
- 「突然やってくる地震」(NT、65歳)
生き物
- 「ネコ。一度ひっかかれてからトラウマに」(KI、21歳)
- 「G! そう、ゴキちゃんです。視線を感じ振り向くと、悪びれもせず静かにたたずんでいます。文字を見るのも寒気が…」(NY、48歳)
ホラー
- 「鏡のついたエレベーター。1人なのに誰かに見られてる感じがします」(WY、48歳)
- 「ホラー映画や幽霊関係の番組を見たらトイレに行けなくなる」(KM、38歳)
その他
- 「電話をかけるのが怖いです。特に仕事だと、綿密に応答シミュレーションをしないと心臓がバクバク」(YM、32歳)
- 「スポーツの試合や大会観戦。ミスをするのでは、とハラハラしてしまう」(AK、48歳)
- 「鉄塔。何が怖いのか自分でも分からないが、存在が怖い」(YS、45歳)
- 「サイレンの音。救急車やパトカーもだけれど、特に消防車の音が怖い」(YM、40歳)
子どものチャレンジを後押しするには?
「水に入るのを嫌がって泳がない」「転びたくないからと自転車に乗らない」など、子どもは〝怖い〟を理由に挑戦を尻込みしていることも。
「3歳以前に体験させたことは、怖がらない傾向があります。また、友達やきょうだいがそれを楽しんでいる姿を見せるのも一つ。映像でも効果があると思います。自然と興味を持てるような環境をつくれるといいですね」(余語さん)
読者の「克服しました」
- 若い頃は人見知りだったけれど、40代でアイドルにハマってからライブ会場で初対面の人にも慣れ、今は全く平気(SS、57歳)
- 集合体が気持ち悪くて怖かったけれど、草間彌生さんの作品の数々を見ているうちにいつの間にか大丈夫に(KK、46歳)
- お化け。歳をとって冷静に考えられるようになったというか、特に被害を受けたこともないし信じなくなった(TS、44歳)
- 高い所が怖かったけれど、逆に空が近くて気持ちいい!と上を見るクセをつけて克服(AM、61歳)
- 雷が苦手だったが、私が怖がると子供も怖がってしまうので、我慢していたら慣れました(MH、38歳)
- 映画「風の谷のナウシカ」の〝王蟲(オーム)〟。何度も再放送されているうちに見られるようになった(SM、50歳)
- ジェットコースターを克服。ブランコをこぎまくって迫力を体感していった(SM、44歳)
教えてくれたのは
同志社大学心理学部
教授 余語真夫さん
(2023年7月21日号より)
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