由来にも風情あり 春を感じる日本の色

2021年3月12日 

リビング編集部

草木が芽吹き、花々が鮮やかに咲き始める春は、まちがさまざまな色で彩られます。それらには、古くから伝わる色名があるのを知っていますか。今回はそんな日本の春の色の特集です。

※画像や色はイメージ

〝桜〟の名がつく色はこんなに!

桜色
桜色/桜の花を思わせる薄い紅色のこと。

春の色といえば〝ピンク〟を思い浮かべる人が多いかもしれませんね。濃い色、薄い色とピンクにもいろいろありますが、日本にはこうしたピンクを表す〝和名〟がたくさんあります。

「わかりやすいのは『桜色』や『桃色』。日本は古くから天然染料で衣服を染めてきたので、草花が由来の色名が多いです」

そう話すのは、田畑染飾美術研究所の五代目・田畑喜八さん。田畑さんに春を表す日本の色を教えてもらいました。

「本来、桜の花びら一枚一枚は淡く色づいた白。けれど花がまとまって咲くことで色が重なり、青みのある薄い赤に見えます。これを〝桜色〟と呼びます」

春の代名詞ともいえる〝桜〟の名前を持つ色は種類も豊富。

「〝桜色〟より薄いと『薄桜色』、くすんで落ち着いた色合いだと『灰(はい)桜』『桜鼠(さくらねず)』と呼びます。品種が由来の『小桜(こざくら)色』や『こまちさくら』という色もあります」

桜のほかに、古来中国から渡来したバラの色に似た「長春(ちょうしゅん)色」、オトメツバキの淡い紅色を表す「乙女色」など。特に春は花から生まれた色の名前が多いようで、それぞれに風情を感じますね。

染め織物の色見本帖
田畑家に代々受け継がれてきた染め織物の色見本帖。色の鮮やかさや濃淡で区別されています


季語が由来のものも

霞色
霞色/かすみがかった空のような、わずかに紫みのある灰色のこと。 写真は京都市内の春がすみ

情景を詠む和歌や俳句などの文学を受け、色名がついていることも。

「例えば、山にかかったかすみの色を『霞色(かすみいろ)』と呼びます。春の早朝に東山を眺めると、美しい春がすみがかかっています。その色合いを思い浮かべてみるとわかりやすい。〝霞〟は春の季語。まさに春らしい色です」

また、『枕草子』の一節にある〝春はあけぼの〟。あけぼのは夜明けのことで、春は夜明けが美しいという意味ですが、その空の色を表す「曙(あけぼの)色」という色もあるとか。こちらも春の色です。

「日本の色彩感覚は、移り変わる自然の色合いを楽しむことで育まれてきました。空の色、草花の色など自然にはたくさんの色があります。ぜひ観察してみてください」

教えてくれた人

田畑染飾美術研究所
五代目・田畑喜八さん

染匠「田畑喜八」の五代目。手描友禅で無数の色を扱う。「伝統工芸の世界は自然のさまざまな物事から繊細な色の違いを感じ取り、作品の中に表現してきました。そのため色の違いを表す〝和名〟も大切にされています」


身近な場所で見られる 自然の春の色

伝統的な日本の色に詳しい京都市産業技術研究所は、前身となる京都市染織試験場時代に染織に関する色を研究。その研究を「京都 花の色」「日本の色名—色の表示—」にまとめています。こちらを参考に、同デザインチームにも、日本の春の色について聞きました。由来とともにいくつか紹介します。
あなたの周りにもたくさんあるのでは?

※色の由来は諸説あり
※画像や色はイメージ


松尾大社のヤマブキ(西京区)

 4月半ばに咲くヤマブキの花のような、さえた赤みのある黄色のこと。平安時代から黄色系統の代表的な色とされ、文学にも多く登場。色が大判小判に似ていることから「黄金色(こがねいろ)」とも呼ばれました。


退蔵院のフジ(右京区) 写真提供/退蔵院

 4月から5月に咲く、フジの花のような色。薄い紫色系統の代表的な色とされます。平安朝では紫色が至上の色とされ、フジが愛されていました。そのため藤色の着物も好まれました。


早朝の渡月橋(右京区)

春の夜明けの空が明るんできたような、黄みのある紅色。「東雲色(しののめいろ)」とも呼ばれます。一説によると染織技法「曙染」のぼかし部分の色に由来するとも。

早蕨色

春の山野に自生するワラビの、さらに若いワラビを指します。その少しくすんだ薄緑色のこと。先の巻いた芽立ちの状態のものは、山菜として日本人に広く愛されてきました。

若緑色

若々しく新鮮な黄緑色のこと。若葉や若芽などは「若緑色」、深く渋い色合いになると「老緑(おいみどり)」と表します。日本の緑色の感覚が自然の草木の生育と密接に結びついた表現といえます。

菜の花色

ナノハナ、特にアブラナの花のような明るくクールな黄色。「菜種(なたね)色」ともいわれますが、その場合はオリーブ色に近い黄色の菜種油色も含みます。


古典文学ではで人柄を伝えることも

紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿、今様色のいとすぐれたるとはかの御料、桜の細長に、艶やかなる掻練とり添へては姫君の御料なり
『源氏物語』玉鬘の巻より
出典:小学館『新編 日本古典文学全集22 源氏物語〈3〉』


色は古典文学とも密接な関係があるようです。

「『源氏物語』では光源氏が女性に正月の晴れ着を贈るシーンがあります。その中で源氏の妻・紫の上は『葡萄染(えびぞめ)』や『今様色(いまよういろ)』(注2)が、明石の姫君は『桜色の重ね』が似合う女性として書かれています」

そう教えてくれたのは、宇治市源氏物語ミュージアムの学芸員・家塚智子さん。上記はその『源氏物語』の一節です。

「光源氏の邸宅・六条院は春夏秋冬の四つの区画に分かれ、そこに住む女性もそれぞれ四季のイメージを持っています。二人は春の御殿に住み、紫の上は知的で品のある流行に敏感な女性、明石の姫君は光源氏の愛娘です。衣の色から人柄も想像できますね」

春の色が登場する古典文学はほかにも。

「『古今集』には〝見渡せば桜柳をこきまぜて都ぞ春の錦なりける〟(素性法師)という和歌があります。桜と柳の色合いが調和した都の情景を詠んだものです」

また、家塚さんによると、平安時代には現代との意外な共通点があるのだとか。

「当時は必要以上に屋敷から出ない暮らしのため身近な風景、書物やびょうぶ絵から四季を感じ取っていました。今のステイホームに似ていますね。『万葉集』や『古今和歌集』にも、春を詠んだ色彩表現がたくさん登場します。おうち時間に文字から色を感じてみるのも面白いかもしれませんね」

注1 紅梅の模様がとてもよく浮きたつ葡萄染の御小袿(うちぎ/衣)と今様色の実にみごとなものは紫の上に、桜の細長に色艶やかな掻練(かいねり/絹)を取り揃えたのは、明石の姫君へ。
注2 木の槌(つち)で衣を打ち、艶を出した薄紅色。当時の「流行の色」という説も

教えてくれた人

宇治市源氏物語ミュージアム
学芸員 家塚智子さん

『源氏物語』の奥深さを広めるため、展示や講座を担当。

(2021年3月13日号より)