京都の銅像めぐり

2023年10月6日 

リビング編集部

まちを歩いていると、ふと見かける銅像。どんなことをした人なのか、なぜここにあるのか探ってみました。見慣れた場所が新鮮に映るかも。

取材協力/佐藤真如・和江氏顕彰会、東映太秦映画村 映画図書室ほか

【佐藤真如像】
寄贈した土地が公園に 長岡京市名誉市民

長岡京市民の憩いの場、長岡公園内の西側にある胸像。こちらは、昭和の実業家・佐藤真如(しんにょ)さんです。ボランティア活動に熱心だった佐藤さんは、1973年、長岡天満宮に隣接する私有地1万1476㎡を総合公園用地として長岡京市に無償で寄贈。同市名誉市民の称号が贈られました。公園は1980年に完成し、40年以上市民に親しまれています。

園内のテニスコート前に立つ銅像。1978年建立

長岡公園

  • 長岡京市天神2丁目131-2
  • TEL:075(955)9716(長岡京市公園緑地課、土日祝休)
  • 入園自由

【吉川観方先生小直衣像】
「櫛まつり」の時代行列に携わった風俗研究家

安井金比羅宮で毎年9月に開催される「櫛(くし)まつり」。使い古されたくしの供養や、髪を結い風俗衣装を身につけた女性たちの時代行列が行われます。神事を執り行う久志(くし)塚の横には男性の銅像が。画家であり風俗研究家の吉川観方(かんぽう)です。所蔵する風俗衣装を貸し出し、時代考証など時代行列の立ち上げに携わったのだとか。

平安時代の着物・小直衣(このうし)をまとった吉川の像。1979年に建立

安井金比羅宮

  • 東山区下弁天町70
  • TEL:075(561)5127
  • 境内自由(授与所は午前9時〜午後5時30分)
  • 無休

【マキノ省三先生像】
かつて撮影所があった寺院に〝日本映画の父〟の姿

日本初の旧劇映画(時代劇)の監督で、映画製作の三原則を生み出すなど〝日本映画の父〟といわれた牧野省三。その銅像が等持院にあります。かつて同院内には牧野が設立した「牧野教育映画製作所」の撮影所があり、多数の教育映画が作られました。1957年、東映京都撮影所前に映画界への功績をたたえる銅像が建立され、のちにゆかりのあるこちらへと移設されました。

等持院の参道に立つ銅像。1970年に移設

等持院

  • 北区等持院北町63
  • TEL:075(461)5786
  • 午前9時~午後4時30分(受け付け終了は4時)
  • 参拝料/500円(銅像がある参道は入場無料)
  • 無休

【津崎村岡局像】
人々を見守る 嵯峨庶民の慈母

嵐山公園 亀山地区の東側で、人々を見守る老女の像。幕末に「維新の女傑」といわれた津崎村岡局(つざきむらおかつぼね)です。近衛家に仕えた村岡局は攘夷志士と公家の連絡役を務め、西郷隆盛らを援助したそう。晩年は北嵯峨の直指庵を再興して隠居。周辺の子どもたちの教育に尽くした「嵯峨庶民の慈母」として知られています。

1786年、嵯峨で生まれた村岡局。銅像は1928年に建立

嵐山公園 亀山地区

  • 右京区嵯峨亀ノ尾町
  • 入園自由
  • 公園に関する問い合わせは京都府京都土木事務所=TEL:075(701)0102

(2023年10月7日号より)