明治から繋がる醸造物語 京都とビール

2020年7月17日

リビング編集部

夏は一層おいしく感じるビール。たくさんの種類が販売されていますが、その歴史を知る人は少ないのでは。今回は、京都のビールの昔と今をひもときます。


京都初のビールは清水寺の境内で醸造!?

日本各地でビールの醸造が始まったのは、明治期前半のこと。

「京都でも1877(明治10)年に初めて、ビールの醸造がスタートします」と教えてくれたのは、アサヒビール京滋統括支社の岡本順子さん。

醸造を始めたのは、京都舎密局(せいみきょく)という理化学研究のための府営機関。ドイツ人化学者のゴットフリート・ワグネルなど、国外からも指導者を迎えました。

「ビールに適した水を清水寺の音羽の滝のそばの水源で発見。京都初の醸造所は清水寺の境内に建設されます。意外な組み合わせですよね」

  • 清水寺の境内に建てられた「京都舎密局麦酒醸造所」(写真提供/京都府立京都学・歴彩館)
  • 岡崎公園にある「ワグネル顕彰碑」。ビール醸造を指導したことが顕彰されています(写真提供/フィールド・ミュージアム京都)


淡く爽快な味が流行。ビールの人気を後押し

しかし、舎密局の閉鎖により醸造は約4年で終了。その後、舎密局で講義を受けた人々が「扇ビール」「井筒ビール」などの会社を創業します。

こうした会社で味の濃いエールが製造される一方で、ドイツタイプの淡いラガービールが流行し、ビール人気も加速。

「次々に創業した大規模会社により国内生産も始まり、1889年にはアサヒビールの前身『大阪麦酒会社』も誕生します」(岡本さん)

京都でのビール人気にも拍車がかかりますが、大手の台頭により、小規模なビール会社は廃業してしまったといいます。

「ラガービール人気の理由はその飲みやすさにありましたが、景気や食文化の変化もビールの需要や嗜好(しこう)に影響します。世情を映すおもしろい飲み物ですね」(岡本さん)

大正期から昭和期にはビアホールが流行し、京都にも続々とオープン。

そして今、京都には小規模な醸造所が再登場しています。大手のビールから地ビールまでさまざまな味を楽しんで。

アサヒビール発売当時(1892年)のラベル


出来たての味わいを求めて1日500人が来店

「1895(明治28)年に京都・岡崎で開催された第4回内国勧業博覧会では、『大阪麦酒会社』がビールの販売所を設けました」と岡本さん。

吹田村醸造所(現アサヒビール吹田工場)から、出来たての生ビールをたるに詰めて運んだというから驚き! 当時は珍しかった生ビールを求め、1日平均約500人もの来客があったそうです。

「この反響から学んだのが、出来たてを提供することの大切さ。現在のアサヒビールの鮮度にこだわる姿勢のルーツにもなっています」

  • 京都・岡崎で1895年に開催された、第4回内国勧業博覧会。「大阪麦酒会社」の販売所は盛況だったそう
  • 第4回内国勧業博覧会で生ビールが販売された『大阪麦酒会社』の販売所。奥には平安神宮が見えます


現西京区で栽培された関西初のビール用大麦

関西で初めてビール用大麦が栽培されたのは、1889(明治22)年ごろ。京都・川岡村(現西京区)で、ゴールデンメロンという品種の大麦がつくられていたとか。

「『大阪麦酒会社』での試醸の結果、好成績を得たことをきっかけに、村の有志たちが『川岡村ゴールデンメロン大麦作人組合』を組織。『大阪麦酒会社』と契約を結びます」(岡本さん)

企業と農家が直接契約を結んだのは日本初。その後の農業に大きな影響を与えたようです。

西京区大原野にある「興産紀功之碑」(写真提供/フィールド・ミュージアム京都)


地域古来のお茶を使い大学生たちがビール造りに挑戦

大学生と西陣の醸造所が力を合わせ、今年2月に「京都・中川まんまビーア!」の販売を開始。左から、大谷大学の井上さん・来田村さん、教授の志藤さん、中川社会福祉協議会 会長 水田隆一さん、西陣麦酒の松尾浩久さん・中大路修平さん


豊かな自然が残る京都市北区中川地区。ここで栽培されたお茶を使ったビールがあります。

同地区で昔から親しまれていたのが「まんま茶」。お茶が日本伝来した当時の種に近いことからそう呼ばれますが、50年ほど前に栽培が途絶えてしまいます。

ところが2016年、まんま茶復活の動きが。地域プロジェクトに加わったのが、大谷大学・志藤ゼミです。

「地域福祉活動の一環として参加しました。栽培を通して、生徒たちもまんま茶をもっと広く知ってほしいと思うように。そこから、ビールに加えるというアイデアが生まれたのです」と同大学教授の志藤修史さん。

志藤さんたちは、クラフトビールを手掛ける「西陣麦酒」を運営するNPO法人「HEROES」に協力を依頼。試行錯誤の末、2019年に「京都・中川まんまビーア!」が完成しました。さっぱりした口当たりの、お茶の風味が爽やかなビールに仕上がっています。

醸造分は完売していますが、今後も年2回茶葉を収穫し、随時醸造予定。途絶えていたお茶がビールと出合い、新たな魅力が発信されています。

  • 「京都・中川まんまビーア!」。ラベルのデザインは生徒たちが考案したもの
  • 収穫されたまんま茶の茶葉。摘む時期により、ビールの味わいにも変化が出るのだとか


純京都産の一杯を目指して生産や加工、醸造、販売まで全て地元で

亀岡市の麦畑にて(2019年5月)。農家や醸造所、行政といった多様な立場の人が協力しています


人気のクラフトビールですが、その原料のほとんどは輸入されたもの。

そんな現状の中、「京都でビールの地産地消を実現したい」と動き出したのが、微生物学者の篠田吉史さん。2018年、篠田さんを中心に「京都産原料100%ビールプロジェクト」が始動しました。

篠田さんによると「キーワードは『畑からグラスまで』」。産官学、そして農家や農協が協力し、原材料の生産や加工、醸造、販売まで全てを京都で行おうとする、長期的な挑戦です。

これまでに、亀岡市の麦やホップ、与謝野町のホップを一部使い、京都の醸造所が個性を生かして造ったビールが10種発表されました。今後はさらに高い比率での京都産原料の使用を目指すとのこと。

「一杯のビールという目標に向かって人と人がつながり、さまざまな産業が連携することで京都の地域産業そのものを元気にしたい。新たな仕事も生まれ、地域が潤うのが最終目標です。

今は京都由来のビール酵母を実現化する試みが進行中。大麦を麦芽(モルト)に加工する技術開発も進めています」

真の〝京都のビール〟を飲める日が、着実に近づいてきているのですね。

  • 同プロジェクトにより「京都・一乗寺ブリュワリー」が醸造した「亀岡ハーベストブリュー」
  • 京都産大麦から作った麦芽を分析する篠田さん。〝製麦〟のノウハウを確立するため研究を重ねているそう

(2020年7月18日号より)