京都生まれの新品種 その誕生の舞台裏は?

2021年8月6日 

リビング編集部

米や野菜、果物など、京都府内で栽培されている農産物に、新たな動きが! 近頃、さまざまな新品種が誕生しています。開発や生産に関わる人たちには、それぞれこだわりや苦労があるよう。そんな新品種誕生の裏側に迫ります。

撮影/桂伸也、山﨑晃治ほか

温暖化による気温上昇に耐えうる、京都ならではの

綾部市にある「京式部」の田んぼと、生産者の西山さん。「5月に田植えを終えた後は、苗がうまく生育するよう、水の管理を徹底します」
粒が大きくつややかで見栄えがするのが「京式部」の特徴。適度な粘りと甘みがあり、冷めてもおいしく食べられます(写真提供:京都府)

「京式部」は、2020年に誕生した京都府のオリジナル米。2017年から、府が国の研究機関である農研機構とともに開発しました。今年、本格的な生産が始まったばかりです。

背景には、地球温暖化の影響があるよう。

「近年府内では、夏場の気温が高すぎるために、米が白く濁る〝高温障害〟が多発する産地が増え、深刻な問題になっていました」とは、京都府農林水産部農産課の辻康介さん。また、他府県で次々に新品種の米が開発されたことで、京都府にも新品種を期待する声が高まっていたそう。「そこで、高温に強くおいしい米をつくろうと、開発を始めました」

まず農研機構が、保有する育成系統(登録前の品種候補)から京都府の環境に適した11種の系統の種子を提供。その後、府の農林水産技術センターが試験栽培を重ねて育てやすさや収穫量を調査し、味を評価して候補を絞り込んでいきました。

特に重視されたのがおいしさ。京料理店の店主、米穀店の「お米マイスター」などが味や香りをチェックする試験も実施。最終的に、和食によく合う上品な味わいの新品種が生まれました。

「『京式部』は稲の草丈が短く、雨や風で倒れにくいことも農家にとっては利点です」と、生産者で株式会社丹波西山・代表の西山和人さん。

「栽培を効率化するため、作業内容などのデータを共有できるスマートフォンアプリ、離れた場所から田んぼの水位を確認できる水位センサーなどを導入。脱穀後は、じっくりと時間をかけて二段階乾燥を行い、ほどよい水分量に仕上げます」

新米は、10月ごろから複数の京料理店で使われるほか、百貨店や米穀店にも並ぶ予定。

「今は数量に限りがありますが、今後、生産量を増やします。京都府が初めて開発した主食用の米を試してみてください」と辻さん。西山さんも「京都に行ったら必ず食べて帰らないと、と言われるようなブランド米に育てたい」と話していました。

オススメの食べ方

塩むすびなど、シンプルなおにぎりに

白いご飯を、漬物や味噌汁とともに

京都府産の
「京の輝き」
生産量が増え、新たなお酒も

「京の輝き」からつくられた日本酒は、香り高くすっきりした味わい。右から「池田酒造」の「特別純米 加佐一陽」、「招徳酒造」の「純米吟醸 花洛」、「京の輝き」を100%使用した「山本本家」の「神聖 超辛口 特別純米原酒」

京都府限定で栽培されている日本酒の原料米、「京の輝き」。誕生したのは2012年ですが、京都府農産課・長谷川瑛(あきら)さんによると「近年は生産量が大幅に増加。それに伴い、府内の酒造メーカーでは、『京の輝き』を使った商品開発が活発化しています」とのこと。

お酒づくりでは、一般的に麹(こうじ)や酒母(しゅぼ)をつくるために〝酒造好適米〟が使われます。また、麹や酒母、水と合わせてもろみ(酒の前段階)をつくるためには〝掛け米〟が用いられます。京都府には、「祝」という酒造好適米があったものの、地元メーカーから「掛け米にも京都府産の米を使いたい」との要望が出ていたとか。それに応えて京都府と農研機構が開発したのが「京の輝き」。粒が大きく、収穫量が多い点が特徴です。

掛け米のほか麹、酒母にも「京の輝き」を使った、「100%京の輝き使用」の品もあります。

フルーティーな香りのを100年後の伝統野菜に

株ごと切り取ったら、障がい者の就労を支援している福祉施設へ。通所者たちが実を摘み取ります(写真提供:京都市)
京都市西京区大原野の「京の黄真珠」の畑で。左から、生産者の山岸さん、京都市開発野菜種子配布センターの髙橋さん

直径5~8mmほどの丸くて黄色い実。「京の黄真珠」は、京都大学名誉教授の矢澤進さんが開発した新品種の唐辛子です。南米原産の種子をもとに、長い年月をかけて京都市内の気候に合うように改良。2019年から、香辛料として乾燥品が流通しています。

「後に残らない爽やかな辛さと、果実のような香りが特徴。もとの品種には不快な臭いを放つ成分が含まれていたのですが、改良の過程で取り除かれました」と話すのは、京都市開発野菜種子配布センター・センター長の髙橋武博さん。

京都市では京都大学や生産者と連携して新品種を開発し、〝新京野菜〟として普及させる取り組みを進めています。現在〝新京野菜〟は全12種で、「京の黄真珠」もその一つ。「100年後に、伝統野菜として京都人の食生活に定着することを目指しています」(髙橋さん)

山岸俊太朗さんは、「京の黄真珠」を栽培し始めて4年目。「この唐辛子は、病気や湿気に弱くて。病原菌との接触を防ぐために苗をポットごと植えたり、畑の畝(うね)を覆う雑草よけのビニールシートをあえてつけずに育てたりと、試行錯誤してきました。最近は栽培方法が安定し、生産者も順調に増えています」

小さな実に、誕生を支えた人たちのさまざまな思いがこもっているようです。

収穫時期は9~10月。収穫した実を乾燥させたら、食品会社「ギャバン」が買い取って商品に。ミル付きの瓶に入れられ、青果店や通販サイトなどで販売されています。

オススメの食べ方

そうめん、うどんなどの麺類の薬味に

焼き鳥や野菜のおひたしにかけて

取材した6月下旬には、枝分かれした余計な芽を取り除く「芽かき」という作業が行われていました

ねっとり感がおいしい
冬でも掘りたてが食べられます

強い粘りとぬめりが持ち味。煮崩れしにくいため、煮物にもぴったり(写真提供:京都市)
西京区桂にある原田さんの畑を訪ねたのは6月半ば。5月に植えた「京の里だるま」の種イモから芽が出ていました

〝新京野菜〟には、ほかにも、「京の黄真珠」とほぼ同時期に生まれた新顔が。だるまのように丸々とした姿から名づけられた「京の里だるま」です。

「もともと京都市内で栽培されていたサトイモは寒さに弱く、霜が降りると腐ってしまうため、極寒期までは収穫できませんでした。そこで、京都市の気候に合った寒さに強い品種をと開発されたのが、この新品種です」と、前出の髙橋さん。

「サトイモは掘りたてが一番。『京の里だるま』は10月上旬から3月下旬まで、約半年間収穫できるので、その間ずっと掘りたての味を楽しめます」とは、生産者の原田裕さんです。

「収穫後、すぐに種イモとして植えられるのもありがたいですね。一般的なサトイモは12月ごろに収穫したら、春まで種イモを保存しなければなりません。乾燥しないよう注意しながら長期保存するのは大変なんです」

流通し始めたのはここ数年。直売所や百貨店の催事を中心に販売されています。「ねっとりした食感と濃厚な風味が好評で、一度購入したらリピーターになるお客さんが多いんですよ。もっと広めて、メジャーな存在にしていきたいです」

オススメの食べ方

素揚げや天ぷらにして、塩をつけて

茹でて半潰しにした後、団子にして和風だしのあんかけに  

雑草を鍬(くわ)で取り除く原田さん

そのほかの新京野菜と旬の時期

京ラフラン
3月下旬~5月下旬
みずき菜
3月下旬~6月下旬
9月上旬~11月下旬
京てまり
4月下旬~7月下旬
9月中旬~11月中旬
京あかね
4月下旬~7月下旬
9月中旬~11月中旬
京の風鈴かぼちゃ
6月上旬~7月下旬
京唐菜
6月上旬~10月下旬
京の花街みょうが
9月中旬~10月中旬
京夏豆(さや文月・さや葉月)
7月上旬~8月下旬
京北子宝いも
10月上旬~11月下旬

新品種の開発を目指し、
城陽市産の「城州白」
を研究中

楕円(だえん)形で先が少しとがった「城州白」の実。熟して黄色く色づいてきたころに収穫

梅林で有名な城陽市青谷。「城州白」は、梅酒やスイーツなどに使われるこの地域特産のウメです。京都府立大学果樹園芸学研究室に所属する森本拓也さんは、生産者や城陽市と連携して「城州白」を研究。香りの成分評価や遺伝子解析をしています。

「この品種の特性は、モモのような甘く華やかな香り。一方で、自家受粉(※)しないため、実がなりにくいという栽培上の課題も。ほかの品種と交配することで、香りの良さを生かしながら、より育てやすい新品種を生み出せないかと考えています」(森本さん)

「城州白」を原料に使った加工食品を開発する計画も進行中。「研究を通して、栽培技術の向上はもちろん、特産品としての知名度アップにも貢献できれば」

森本さんの研究室では、ほかにリンゴとナシ、ウメとモモといった全く異なる品種を掛け合わせたハイブリッド果樹の実験にも取り組んでいるそう。将来どんな果物が生まれるか楽しみですね。

※植物が花の中で自ら受粉すること

京都府立大学大学院
生命環境科学研究科
講師 農学博士
森本拓也さん

(2021年8月7日号より)