今年は、例年になく早い梅雨入りでしたね。「ジトジトして嫌やわぁ」といわれるこの季節、実はこの湿気があるからこそ生まれるものもあるのです。湿気との上手な付き合い方もあわせて、京都ならではの話をいくつか紹介しましょう。
嵯峨野、小倉山のふもとにたたずむ祇王寺。木々の間を通って庵(いおり)へ向かうと目を奪われたのは、緑のグラデーションが美しい庭。地面は一面のコケ、見上げると上にはカエデ、そして庭の向こうには竹林も見えます。
「毎日の手入れは、落ち葉を拾ったり、雑草を抜いたり。木々については年に数回剪定(せんてい)しますが、コケはほとんど自然のままの状態なんですよ」と、祇王寺の庵主・橋本ちえ子さん。
この庭は昭和の初期に作られたもので、今では50種類以上のコケが生えているのだとか。よほどコケにとって住み心地がよいのでしょうか?
「このあたりは山麓ですので、湿気が多く、梅雨時にはげた箱に入れた革靴にすぐにカビが生えてしまうほどです。それだからか、乾燥が続くと水をまく程度で大丈夫なんです。また、コケには、庭に植えているカエデが大切な役割を果たしていると思います。カエデの葉が日光をさえぎって、日が当たりすぎるのを防いでくれているのですから」(橋本さん)
「京都の寺社の庭が美しいのは、木々や花々、コケなど植物にとって、育ちやすい環境にあるということが大きいです」と話してくれたのは、庭師「植熊」の親方・小河正行さん。
私たちが嫌がる湿気は、「植物が育つのに欠かせない水分が、空気中に多く含まれているということ」。特に梅雨時のベタッとした感じは、まさに水分を肌にまとっているから。
「よく、コケが枯れないように毎日水やりをしているという話を聞きますが、コケ(特に乾燥に強いスギゴケ)が枯れる理由の90%は、水のやりすぎなんですよ(笑)。コケは、乾いてきたらしぼみ、湿気があるときはぱっと開いて自ら水分を取り込もうとするんです。それをしぼんだときに枯れたと勘違いする人が多いようで」(小河さん)
なるほど、祇王寺の橋本さんが、庭のコケをほとんど自然のままにしているというのも、そういうことなんですね。
「ただ、東京のビルの上では『スギゴケに1カ月水をやらなかったら枯れた』と聞いたことがことがあります。それだけ、環境が違うんですね」
京都を代表する食べ物のひとつ「しば漬」。その鮮やかな赤紫色と豊かな香りは、大原特産の「チリメン赤シソ」を使うからこそ味わえるものなのだそう。このシソの栽培に、湿気が一役買っているのだとか。
「周囲を山に囲まれた盆地の大原は、一日の寒暖の差が大きく、暖かい日中に広がった葉が、夜の寒さで縮むことを繰り返して、葉がチリメンのようになり、表面積の大きい上質なシソが取れます。日照りが続くとシソの色素が飛んでしまいます。“大原がすみ”といわれるように、この地域には夏の早朝、朝霧がかかることがありますが、適度な湿気はシソの生育にもいいでしょう」と、土井志ば漬本舗の総務部次長・濱崎淳爾さん。
同社の「志ば漬」は、チリメン赤シソが腰の高さほどに育った、毎年6月中旬から漬け込みが始まり、9月末~10月初旬にかけて完了するそう。大原の環境が作り出すおいしい味が楽しみですね。