ちょっとしたおしゃべりは日常生活に潤いをもたらすだけではありません。仕事をする上で役立つこともあるんです。次の3業種の人にとって、なんでもない話はどんな効用があるのでしょうか。
「心がけていることは笑顔。店に入ってこられたときに笑顔でお迎えすると、お客さまも緊張がほぐれて話がしやすい雰囲気になると思います」
そう話す高橋正知子さんは美容室「オルジュ」の店長。
「お客さまのことを知るほどに、そのライフスタイルや好みからベストマッチなヘアスタイルをご提案できるので、お客さまとのなにげない会話をとても大切にしています」
とはいえ一番大切なのは、髪に関してどんな悩みがあるのかを知り、より良いヘアスタイルを提案すること。
「うちのお店は50代以上の女性を対象としています。私もお客さまと同年代ですので、悩みを共有しあい、分かりあえます。なんでもない話をするなかで、『実は…』と悩みを打ち明けてくださる方も多いのですが、同世代だけに共感できることも多々あります」と高橋さん。
高橋さんの場合は、“同世代”というのがポイントですが、このように共通点があると話がしやすくなることもありますよね。
「普段のあわただしさを少し忘れて、リラックスしながら何でも気軽に話していただける場所になりたいと思っています」
料理やお菓子の教室「アトリエFint、takk!」を主宰する土永彩さんは、普段からたくさんの生徒と触れ合います。
「年上の方と話していると『そんな調理法もあるんや』と教わることも多いんです。私が講師なんですが、お相手は“人生の先輩”ですから(笑)」
そう話しながら、土永さんは「そうそう、これも“なんでもない話”から生まれたもの」と、テーブルの上の、花をかたどったプチケーキに視線を送りました。
「これは本来、もっと大きくてレモンの形をしたケーキなんですが、みんなとおしゃべりをしているときに『一口サイズがあるといいなぁ』と誰かがポロッと言ったんです」
小さなレモン型はないから作れないなと思っていた土永さんですが、一人になったとき、そうだ花形ならある、それで作ろう!とひらめいて完成したのがこのケーキだったというわけです。
「自分にも、これまで積み重ねてきた経験からそれなりに“引き出し”がありますが、なかなか固定観念から抜け出せません。でも、おしゃべりを通して『そういう考え方もあるな』『ちょっとやってみよう』といったヒントをもらえることがあります。それは、『実は、こっちにもあるんだよ』って、別の引き出しの存在を教えてもらえたって感じです」
「取材に来てくださった方ですね、どうぞこちらへ」と、記者を案内してくれたのがMKのハイヤードライバー・元村認さん。低く落ち着いた声のトーンで、物腰やわらか。企業のVIPのお供をすることも多いという話にも納得です。
「狭い空間で、ある一定の時間ご一緒しますので、お客さまにくつろいで過ごしていただくためには会話は重要です」と元村さん。元村さんが言うところの重要とは、会話をする、だけではなく控えめにするという選択肢も含めてなのだとか。
「まずは気候や季節の話題をすることが多いのですが、そこでお客さまの反応を見ます。今は話をしたくないという雰囲気を出されるお客さまもいらっしゃいますから」
相手の反応や求めることを察する手段にもなるのがなんでもない話なんですね。そんな話をする際に元村さんが心がけていることが─。
「美しい言葉を使うこと、丁寧に、ゆっくりと話すことです。なんでもない話は内容というよりも、その話し方が大切。例えば、最初の段階でコミュニケーションが取れたら、後はたとえ会話は少なくても、お客さまには心地よい空気を感じていただけていると思います」
なんでもない話こそ丁寧に。それが、人との信頼関係を築く第一歩になるともいえそうです。
読者アンケートでは、女性にとってなんでもない話の楽しみって?という質問にも答えてもらいました。男性とは、ここが違うという点も聞いてみましたよ。
心理カウンセラー、そして子育てアドバイザーとして、日々多くの保育園で先生にアドバイスをしたり、保健所で発達相談に応じるなどの活動をしている室(むろ)紀子さん。そんな室さんに、子どものなんでもない話を聞くことの大切さを聞いてみたところ―。
「基本的には大人も子どもも同じ。感動を分け合いたい、理不尽なことがあればそれを分かってほしいなど、自分の気持ちを認めて、支えになってほしいとの気持ちで話しているんだと思います」
とはいえ、相手が子どもだからこそ気をつけておきたいことはあるそうです。
「『いい子になってほしい』『そんなことを言ってはダメ』など、親として思うのは当然ですが、子どもは親のそういった気持ちを敏感に感じるものです。ですから、まずは子どもの話を聞くこと。途中で口を挟むと、時には『せっかく言うたのに』と心を閉ざしてしまうことがあるので、最初は『そうかぁ』という相づちでいいんですよ。例え悲しいことがあっても、子どもは親が聞いてくれたというだけで立ち向かう気持ちが育つんです」
小さい子どもの場合、自分の気持ちをうまく言葉で表現できないこともありますが…。
「そうですね、『嫌やった』という一言で終わるかもしれません。そんなときは、まずは『嫌やったんやね』と共感してあげましょう。そして、『こういうところが、嫌やったのかな』と子どもの気持ちをたどって、代弁してあげてください。こうすることで、子どもは自分の気持ちを整理できます。これは、気持ちを表わすことばを育てることにもなるんですよ」
そして、子どものなんでもない話を聞くと同時に、子どもになんでもない話をすることも重要、と室さん。
「親も、子どもと話をすることで元気をもらえることがあります。親にゆとりがあれば、子どもも話がしやすいでしょう? そうすると、いい親子関係を保てるのではないでしょうか。ただ、子育ては毎日の積み重ね。無理をせず、それぞれの家庭にあった方法でコミュニケーションを育ててください」