ノーベル賞のニュースが記憶に新しいこのごろ。それと関連して、日本の「理科離れ」についても取り上げられていましたね。理科離れが進んでいるといわれて久しいですが、「理科が嫌いで何が悪いの?」なんて思っていませんか。でもどうやらこの問題、特別な研究者だけの話ではなく、日本の未来にかかわる大切なことのようなのです。
理科離れの問題を考慮して、平成23年度から学習指導要領が新しくなります。「小学3年生~中学3年生までを見通し、どの時点で学習につまずいたか明らかにしやすいカリキュラムになります。でもそれをきちんと指導できるかが問題。小中高の連携という、子どもの成長を視野に入れた教育が今後ますます重要になります」と立命館大学産業社会学部教授・山下芳樹さん。
京都市内の理科教員の研修を行う京都市青少年科学センターの指導主事・海老崎功さんによると、「理系出身の小学校教諭は非常に少ないのです。中学校でも1校に1名しか理科教員がいない場合もあり、先生同士の教え合いが難しい状況なのです」。同センターではこの状況を受け、昨年から京都大学などと協力して理科が苦手な先生向けの研修プログラムを開発しているそう。
「大人が面倒がらず子どもたちの“何で?”に向き合うことで好奇心が育つ。先生も調べた上でわからないことはわからないと言う方が、かえって子どもたちに刺激になって良いのでは。私たち研究者もわからないことはたくさんあるのだから」と、大阪大学名誉教授でNPO法人「科学カフェ京都」理事長の長谷川晃さん。
京都大学総合人間学部講師で、「子どもの理科離れをなくす会」代表・北原達正さんも、「科学を頭ごなしに『難しい』『無理』と言わないでほしい。親がそう言うものを子どもがやるでしょうか。理科は男の子がやるものという社会の偏見で、才能ある女の子が理系に進みづらいのも大きな損失です」と語ります。
小学生は理科が好きですよね。それ以降嫌いになっていくということは、面白くなくなるよう教育しているんでしょう。僕は“教育汚染”と言っているんですよ。
実験や自然観察を通して、勉強した知識を楽しむ余裕が今はないのでしょう。「考える」のではなく「暗記する」ことに重点が置かれている。面白くなくて当然です。
研究者になるわけでもないのに、そんな勉強が何の役に立つ、と思うかもしれませんね。でも例えば流通業だって、顧客の動向や商品の並べ方などを研究しますね。現代社会においては、どんな形であれ研究活動は必要になるはず。そんなに難しいことではないんですよ。でも覚えるだけの勉強では身に付きません。
試験のシステムも複雑化しすぎですね。難易度を下げる必要はないけれど、もっとシンプルでいいはず。僕たちのころは問題は数行、あとは自由記述でした。それなら思考の過程もわかるし、どこでつまずいたかも明白。試験問題も、本当に面白い問題、解いた後で何かを得られるような問題は作れるはずなんです。いくつもの試験方式のために問題を作りわけるエネルギーを、もっと良い問題を1つ作るほうに注ぐべきです。
例えば放課後、クラブ活動のように教科書で習ったことを膨らませるというのもいいかもしれない。退官した大学教授を学校に招いて実験を行うのも1つのアイデアです。高校の先生だって得るものは大きいはず。
それと「お母さんはあまり口を出すな」と言いたい(笑)。理科離れの原因はお母さんにもありますよ。子どもは少々難しくても、興味のあることにはどんどん付いていくもの。自分が算数や理科が苦手だからといって、子どもにまでそういう意識を植え付けないようにしてもらいたいですね。
今年、化学賞を受賞した鈴木章さんも、受賞会見で「資源のない日本では理科系の発展が重要」とおっしゃっていましたね。私も全く同感です。日本は資源の乏しい国だから科学技術によって立たねばならない、自分たち科学者が未来を担わねばという意識があった。それに僕たちのころは、研究者に対するあこがれがありました。
今はどうでしょう。たとえばアメリカの自然科学の分野でも、研究者が少なくなり、お金がもうかる仕事へ流れている。日本も同様でしょう。若者は安定志向というか、チャレンジ精神、ハングリー精神がなくなったように思いますね。何が好きかということより、どうしたら安定するかばかり考えている。どういう分野であってもそれなりの待遇が受けられるようにしないと状況は改善しないでしょう。
「理系学部卒のほうが文系学部卒よりも年収が高い」─。こんな研究結果がこの夏発表されました。「理系学部は勉強が大変なのに文系学部出身者のほうが収入が高いというのがこれまでの定説。大企業の役員や、特にバブル期に高収入だった金融業に文系出身者が多いという一般的イメージによってこの説が広まったのでしょう」と京都大学経済研究所特任教授・西村和雄さん。
今回、西村さんと同志社大学・立命館大学のグループは、インターネットを利用し、学部を限定せず20〜60代の大卒者約1600人を調査。文系出身988人の平均年収が583万円だったのに対し、理系出身644人は681万円でした。年代別、大学難易度別に見ても、すべて理系の方が年収が高かったそう。「医学部を除いても理系の方が上でした。大卒時の就職率も理系卒の方が良く、再就職もしやすいというデータもあります」
ただ、今回の調査はあくまで年収について。理系出身者は大学院修士課程を経てから就職する人が多いことなどはまた別の問題。「理系の技術者の待遇が現状で恵まれていると言うつもりはありません」と西村さん。
「理系から文系に転向することはあっても逆はあまりないですね。理系のほうがそれだけ将来の選択肢が広いということです。また私たちが10年前に行った調査では、文系出身者の中でも大学入試で数学を受験した人の方が高年収という結果も出ています。幅広く勉強することが職業の選択の幅広さや高年収につながるということでは」