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応仁の乱から550年 “東陣”にスポットが当たっています

織物で有名な〝西陣〟。室町時代に起こった応仁の乱で、西軍の陣が敷かれたことに由来する地域名です。では、その対となるはずの〝東陣(ひがしじん)〟は…? あまり知られていない東陣をPRしようと、上京区の地域住民が「東陣プロジェクト実行委員会」の活動を進めています。今年は応仁の乱が始まってから550年。東陣ゆかりの地を知り、町歩きを楽しんでみませんか。

小川児童公園に立てられた説明板。案内を読みながら、公園北側の細川勝元邸宅跡が眺められる位置に設置したのだとか

小川上立売角にある小川児童公園。こちらに5月下旬に設置されたのが、「東陣ゆかりの地」の説明板です。

「公園の北側には、東軍の大将・細川勝元(かつもと)の邸宅があったと考えられています」とは、豊田博一さん。「東陣プロジェクト実行委員会」のメンバーで、町歩きイベントを企画する上京探訪シナリオ研究会の会長です。

北側というと、説明板の後方辺り。今は民家が立ち並ぶ場所に、大きな屋敷が建てられていたそう。

「〝東陣〟とは、おおよそ北は上御霊通、南は一条通、西は小川通と堀川通の間、東は烏丸通を越えた上御霊神社、相国寺の辺りまでを指します。応仁の乱では、小川通と堀川通付近を境に、東軍と西軍のにらみ合いが続きました」

説明板には当時の町並みを示す地図も。小川通に小川(こかわ)という川が流れていたことや、同志社大学寒梅館が〝花の御所〟と呼ばれた足利将軍の邸宅だったことがわかります。

「こうした説明板を順次設置していこうと考えています。今年は応仁の乱から550年の節目の年。説明板が、東陣散策を楽しんでもらうきっかけになればと思います」

〝洛中洛外図屏風〟の複製パネルも展示中

「東陣プロジェクト」のメンバーの古武博司さん、豊田さん、山本雅和さん、坂本孝志さん(左から)。後ろに飾られているのが、「国宝上杉本洛中洛外図屏風」の複製パネルです(常設展示)

説明板と同じ日に発表されたのが、「国宝上杉本洛中洛外図屏風」の複製パネル。同会が制作したもので、上京区役所2階ロビーに展示されています(見学自由。祝除く月~金の午前9時~午後5時)。見ると、道や寺社など、今の町と共通する部分も多いよう。

「応仁の乱の後の京都が描かれているので、現在の町に通じるところもあります。細川家の邸宅、乱の発端となる合戦が起こった上御霊神社など、東陣に関わりのある場所も記していますよ」

東陣から西陣、そして上京区の魅力発信へ

同会が制作した東陣のマップ。上京区役所で配布されています

市民グループメンバーや自治連合会会長、区役所職員といった14人が所属する「東陣プロジェクト実行委員会」。これまでに講演会や東陣のマップ作りなどを行ってきました。

「今後は説明板の設置のほか、東陣を巡る町歩きイベント、シンポジウムの開催などを計画しています。特に、この地域に住む人が地元の歴史に興味を持ってくれたらうれしいですね。東陣をPRすることで、西陣や上京区全体の魅力発信につなげていけたらと思っています」

「東陣プロジェクト実行委員会」についての問い合わせは、上京区役所地域力推進室総務・防災担当=TEL:075(441)5029=まで。

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